近江八幡スケッチ漫歩
⑩八幡山
おうみはちまん開町の祖、豊臣秀次の居城、八幡山です。
おうみはちまん開町の祖、豊臣秀次の居城、八幡山です。
近江八幡スケッチ漫歩

⑨近江八幡市西元町
西元町・西末町・北元町・北末町の4町は、明治維新までは総じて「寺内」といわれていました。
この地にある本願寺別院金台寺の門前町の意味です。
八万城形成時に、元々安土にあった同寺と東寺内・西寺内の両町の住民を移してできた町です。
現在の名称は町政の便宜上4分にしてこのように呼ぶようになりました。
近江八幡スケッチ漫歩
⑧近江八幡縄手町
縄手町と、変わった地名があります。徳川時代までは三丁縄手町と呼ばれており、わが国で
古くから用いられてきた土地区画制度の条里制に関連して、田地のあぜ道を示す呼び名が
もとになったものと考えられています。
八幡山城下の東入口にあたり、縄手入口橋(音羽橋)のたもとには木戸(黒門)が設けられていました。
この絵の下絵です。

完成画です。(スケッチ時間、40分)
縄手町と、変わった地名があります。徳川時代までは三丁縄手町と呼ばれており、わが国で
古くから用いられてきた土地区画制度の条里制に関連して、田地のあぜ道を示す呼び名が
もとになったものと考えられています。
八幡山城下の東入口にあたり、縄手入口橋(音羽橋)のたもとには木戸(黒門)が設けられていました。

この絵の下絵です。

完成画です。(スケッチ時間、40分)
近江八幡スケッチ漫歩
⑦ 岡田彌三右衛門邸跡(為心町)
初代は、慶長15年(1614)に北海道松前に渡り、呉服・大物などを商い、
後に漁場も手掛けました。5代目は、最大23もの漁場を請け負いました。
(小樽・古平の町を拓いた)11代目が壮年の頃、函館・室蘭に向かう道中
で、登山の山中で休憩した際に、川筋に湯気が立っているのを発見、これが
登別温泉だといわれています。
初代は、慶長15年(1614)に北海道松前に渡り、呉服・大物などを商い、
後に漁場も手掛けました。5代目は、最大23もの漁場を請け負いました。
(小樽・古平の町を拓いた)11代目が壮年の頃、函館・室蘭に向かう道中
で、登山の山中で休憩した際に、川筋に湯気が立っているのを発見、これが
登別温泉だといわれています。
近江八幡スケッチ漫歩

⑥教会の見える通り
近江八幡市為心町上付近
近江八幡スケッチ漫歩

⑤西川甚五郎邸
西川家は八幡山城築城の時に工務監督を務めた旧家。永禄9年(1566年)創業で屋号を
山形屋と言い八幡で蚊屋・畳表など商いました。3代目の頃、純益の3分の1を従業人に分配
する現在のボーナス制度を取り入れ従業人のやる気を大いに引き出しました。
13代目はアメリカ留学の経験を活かし、社員教育に英語・簿記などを取り入れました。又、
参議院議員として池田内閣の大臣も務めた。
ウィリアム・メレル・ヴォーリズに次いで近江八幡の名誉市民第2号に選ばれました。
現在も布団の西川で知られる西川の本店が市内大杉町に残されています。(非公開)
近江八幡スケッチ漫歩
④永原通り
近江八幡の新町通りと、ここ永原通りは、昔日の良き町並みが残っており
市の保存地域に指定されています。

近江八幡の新町通りと、ここ永原通りは、昔日の良き町並みが残っており
市の保存地域に指定されています。

近江八幡スケッチ漫歩
③新町通り
近江商人(八幡商人)の邸宅が建並ぶ通りです。
西川利右衛門家は屋号を大文字屋と称して蚊屋や畳表を
商い、江戸、大阪、京都に見せを構えました。
昭和5年に後継者が無いまま11代目が亡くなり、約300年
にわたって活躍した西川家は終焉を迎えました。

近江商人(八幡商人)の邸宅が建並ぶ通りです。
西川利右衛門家は屋号を大文字屋と称して蚊屋や畳表を
商い、江戸、大阪、京都に見せを構えました。
昭和5年に後継者が無いまま11代目が亡くなり、約300年
にわたって活躍した西川家は終焉を迎えました。

近江八幡スケッチ漫歩
②西村太郎右衛門(安南屋)宅地跡
西村太郎右衛門は20歳の時、角倉了以の御朱印船で長崎から安南(ベトナム)へと
旅立ちます。25年間、異国の地で商いを行い帰国の為、長崎まで帰って来ますが、時は
鎖国の世であり上陸は許可されず、安南の地で没した悲劇の商人です。
場所は、京街道(朝鮮人街道)に沿って小幡の交差点を渡り、東100㍍程の処です。
この建物は、旧近江八幡警察署を経て現在は、近江八幡の市立資料館となっています。
西村太郎右衛門は20歳の時、角倉了以の御朱印船で長崎から安南(ベトナム)へと
旅立ちます。25年間、異国の地で商いを行い帰国の為、長崎まで帰って来ますが、時は
鎖国の世であり上陸は許可されず、安南の地で没した悲劇の商人です。
場所は、京街道(朝鮮人街道)に沿って小幡の交差点を渡り、東100㍍程の処です。
この建物は、旧近江八幡警察署を経て現在は、近江八幡の市立資料館となっています。
近江八幡スケッチ漫歩
近江八幡の町並みを数回シリーズで掲載します。
①伴家住宅

①伴家住宅

暖冬の八幡堀


近江八幡の八幡堀。
例年この時期は観光客は少ないのですが、暖冬のせいか日牟礼神社前の駐車場も他府県の車で一杯です。
3月17、18日の両日、八幡堀界隈は左義長祭りがあります。
今年も桜の花が咲くころには、さぞ賑わうことでしょう。
最近のスケッチから
【今津港】

竹生島へ行くのに最短のコースです。
桟橋に琵琶湖就航の唄の歌詞の石碑があります。
【箱館山】

今から、本格的なスキーシーズンを迎えます。

竹生島へ行くのに最短のコースです。
桟橋に琵琶湖就航の唄の歌詞の石碑があります。
【箱館山】

今から、本格的なスキーシーズンを迎えます。
安土町の水琴窟

今日は安土町の水琴窟を訪ねてきました。
小堀遠州の作と伝えられる教林坊庭園の中にあります。
下の2枚は新しく取り付けられた庭園内の水琴窟です。
竹筒に耳を当てて水音を聞くのですが、ホントに心癒される音です。


ちなみに、下の2枚の写真は、去年の11月、紅葉の時期に撮影したものです。
これからのシーズン、紅葉の眺めは最高ですね。

箱舘山々麓のそば畑をスケッチ

今日は以前より一度、行って見たかった今津町の箱舘山々麓のそば畑をスケッチに行きました。
昨日、今津・蕎麦の花まつりがありタイミング的に丁度よい時に来ることができました。
秋晴れの空の下、蕎麦の白さが一際、映えました。
白い蕎麦の花は、今が満開でしたが赤い蕎麦の花は今から広大な畑に咲きほころぶとのことです。
興味のある方、ぜひ行ってみる価値はありますヨ。




中京テレビ「旅はパノラマ」に出演
本日、中京テレビで放映された「旅はパノラマ」の画像です。
近江八幡の八幡堀の紹介で、私が登場としています。
生で見られないのが残念ですが…。
「旅はパノラマ」 出演番組の紹介
「旅はパノラマ」 出演番組の紹介 続き
近江八幡の八幡堀の紹介で、私が登場としています。
生で見られないのが残念ですが…。
「旅はパノラマ」 出演番組の紹介
「旅はパノラマ」 出演番組の紹介 続き
伊吹山麓の秋

今日は秋晴れの絶好の天気!
現在、当ブログで水彩画「北国街道を描く」シリーズを掲載中ですが、再度、北国脇往還に行って見たくなり、伊吹山麓をドライブしました。
白い蕎麦畑の中に赤い彼岸花が咲いており、そのコントラストがホントにきれいでした。
そこでで、パチリと撮ったのがこの写真です。
伊吹山中腹では、ハングライダーが大空を気持ちよく飛んでいました。


蒲生野の彼岸花
暑さ寒さも彼岸までと、昔の人はよく言ったものです。
今日(21日)などは、天気は良いのですが若干、肌寒ささえ感じます。
秋の足音が聞こえてきます。

きょう(21日)、東近江市に彼岸花を撮りに行きました。
場所は、万葉集にも歌われています蒲生野です。

あかねさす 紫野行き 標の行き
野守は見ずや 君が袖振る (額田王)
紫のにほえる妹を 憎くあらば
人妻ゆゑに 我恋ひめやも (大海人皇子)

☆蒲生野をゆったり走る近江鉄道の電車。レール脇には、赤い彼岸花が咲き誇っています。(市辺駅付近)

☆蒲生野、船岡山付近ねて。バックの山は、京都鞍馬山の天狗の兄貴分、太郎坊宮。
今日(21日)などは、天気は良いのですが若干、肌寒ささえ感じます。
秋の足音が聞こえてきます。

きょう(21日)、東近江市に彼岸花を撮りに行きました。
場所は、万葉集にも歌われています蒲生野です。

あかねさす 紫野行き 標の行き
野守は見ずや 君が袖振る (額田王)
紫のにほえる妹を 憎くあらば
人妻ゆゑに 我恋ひめやも (大海人皇子)

☆蒲生野をゆったり走る近江鉄道の電車。レール脇には、赤い彼岸花が咲き誇っています。(市辺駅付近)

☆蒲生野、船岡山付近ねて。バックの山は、京都鞍馬山の天狗の兄貴分、太郎坊宮。
甲賀方面へスケッチに

本日、連チャンで甲賀方面にスケッチに行きました。
私は、山登りには余り興味ないのですが遠くから眺める山々は大好きです。
甲賀の余野と三重県との県境付近に油日岳・那須が原という山があります。
この二つの山(鈴鹿山系南部になるのかな…?)をジーッと眺めて描いていると、なんだか霊気さえ感じます。
今日、描ききれなかったので、また行って見ます。

またまた同じ場所からの夕日です。
最近、当ブログに皆さん自慢のロケ地からの夕焼け写真が多く見られますね!
黄昏れ空や夕焼けを見ているとホントに心癒されます。
不思議な鳥居

甲賀流忍者で有名な甲賀地方にスケッチに行きました。
途中変な鳥居を見つけました!
木造で、かなりのの時代を経過したものと思われます。
この鳥居、脚が極端に短いのです。
いつ頃の物か地元の人に聞こうと辺りを見まわしても人影はなく、不思議に思いつつパチリと撮った一枚がこの写真です。
生水の郷へ

今日は前々からスケッチしたかった新旭町の針江地区を訪問しました。
ここは以前NHKで紹介され、3日前にも放送されました。
また著名な某写真家の写真集でも紹介されている有名なロケーションです。
「生水の郷」という所で針江大川の入り江に在ります。

この一枚は、針江大川(湖周道路)から撮った竹生島遠望です。

