岩井克統のぶらり近江路散策


サラリーマン生活を無事終えて、現在は毎日のようにスケッチ三昧の日々。近江八幡の八幡堀やヴォーリズ建築、街道宿などの水彩画を描いています。その一部を紹介していきます。

2006年10月28日

彦根城・城内編「黒門口」


彦根城の黒門口です。櫓は現存していません。

Posted by ヤスシー at 09:44 Comments( 0 ) TrackBack( 0 ) 彦根城

2006年10月24日

ひこね散策「彦根城」編

宿場シリーズは、ちょっと小休止して、今回から、来年3月から始まる「彦根城築城400年シリーズ」にちなんだ作品を掲載していきます。



まずは彦根城です。
「滋賀・咲く・ブログ」ネットファンは、ほとんどの人が滋賀県の方と思われますので、ここで個々の詳しいウンチクは述べません。
ただ、 画像から築城に際して昔人の思いなどが、私の絵を通じて感じていただければ幸いです。



●関ヶ原の戦功で、佐和夜山城を与えられた井伊直政は、別の場所に城を築く事を計画。井伊直政の子・直継の代の慶長八年(1603)から二十年の歳月を費やし彦根城を完成させました。徳川幕府は、近隣の諸大名に築城助役を命じ、「天下普請」をもって竣工したのです。
●天守は大津城より移築。石垣は佐和山、安土、長浜城の用材が使われました。要するにリサイクル城です。

明治時代に中山道を京に向かっていた大隈重信(だったか?)は、「この城を壊すのは、もったいない」と、時の政府に取り壊しの中止を嘆願しました。

「彦根城マップ」

Posted by ヤスシー at 19:06 Comments( 0 ) TrackBack( 1 ) 彦根城

2006年10月17日

北国脇往還「玉宿」



Posted by ヤスシー at 09:42 Comments( 4 ) TrackBack( 0 ) 街道

2006年10月16日

安土町の水琴窟


今日は安土町の水琴窟を訪ねてきました。
小堀遠州の作と伝えられる教林坊庭園の中にあります。

下の2枚は新しく取り付けられた庭園内の水琴窟です。
竹筒に耳を当てて水音を聞くのですが、ホントに心癒される音です。




ちなみに、下の2枚の写真は、去年の11月、紅葉の時期に撮影したものです。
これからのシーズン、紅葉の眺めは最高ですね。




Posted by ヤスシー at 18:21 Comments( 2 ) TrackBack( 0 ) 観光地

2006年10月15日

箱舘山々麓のそば畑をスケッチ



今日は以前より一度、行って見たかった今津町の箱舘山々麓のそば畑をスケッチに行きました。
昨日、今津・蕎麦の花まつりがありタイミング的に丁度よい時に来ることができました。
秋晴れの空の下、蕎麦の白さが一際、映えました。

白い蕎麦の花は、今が満開でしたが赤い蕎麦の花は今から広大な畑に咲きほころぶとのことです。
興味のある方、ぜひ行ってみる価値はありますヨ。











Posted by ヤスシー at 22:23 Comments( 0 ) TrackBack( 1 ) 観光地

2006年10月15日

北国脇往還「藤川宿」



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2006年10月14日

北国脇往還「寺林」



Posted by ヤスシー at 10:21 Comments( 0 ) TrackBack( 0 ) 街道

2006年10月10日

北国脇往還「春照」


春照と書いて「すいじょう」と読むそうです。

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2006年10月09日

北国脇往還「上野」



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2006年10月08日

北国脇往還「野村宿」



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2006年10月07日

中京テレビ「旅はパノラマ」に出演

本日、中京テレビで放映された「旅はパノラマ」の画像です。
近江八幡の八幡堀の紹介で、私が登場としています。

生で見られないのが残念ですが…。

「旅はパノラマ」 出演番組の紹介
「旅はパノラマ」 出演番組の紹介 続き

Posted by ヤスシー at 16:00 Comments( 4 ) TrackBack( 0 ) 観光地

2006年10月07日

夕焼けと満月


今夜、五時半ごろ、自宅の土手を例のごとく散歩していたら、東の空が夕日で真っ赤に染まっていたので、急いでカメラを取りに。
しかし、戻った時には、時すでに遅し陽は地平線に沈んでいました。
比叡山が夕日に照らされる様は恰も山が燃えている様でした。織田信長が叡山を焼き討ちした時は、さぞこの様な光景だったのでしょうね!


今日は、十五夜。
夕日を撮って東の空を眺めると、お月さんが、まんまるで光り輝いていました。
ウサギさんこんばんわ!

Posted by ヤスシー at 01:19 Comments( 3 ) TrackBack( 0 )

2006年10月06日

北国脇往還「小谷宿伊部」



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2006年10月05日

北国脇往還「小谷宿郡上」



Posted by ヤスシー at 17:26 Comments( 0 ) TrackBack( 0 ) 街道

2006年10月04日

北国脇往還「馬上」



「馬上」と書いて「まけ」と読みます。

Posted by ヤスシー at 07:46 Comments( 0 ) TrackBack( 0 ) 街道

2006年10月03日

北国脇往還(近江路)



北国街道に続いて、「北国脇往還」を紹介していきます。

北国脇往還は、中山道関ヶ原宿から分れて北陸へと通ずる街道で、木之本で北国街道と合流します。
東海地方と北陸地方を最短距離で結び、古くから利用されていました。
古くは壬申の乱に登場するほか、戦国時代に賤ヶ岳合戦では羽柴秀吉が13キロ余を5時間で通り抜けて木之本に駆け付け、勝利のきっかけをつくったといわれています。
かつて大名行列が多く通過した道でもあります。
江戸時代には「北国道」「越前道」と呼ばれました。
「北国脇往還」の名称は明治時代になってからのものらしいです。

※それぞれの宿について説明を若干…。

木之本(ここで北国街道と合流)

田部

持寺

井口

雨森

馬上(まけ)

郡上

小谷伊部宿(本陣が残る)

野村(加賀百万石の前田家の殿様がよく利用した本陣がある)

春照宿(「すいじょう」と読む。織田信長、秀吉、家康、等の名だたる戦国武将が駆けぬけた戦国の道)

寺林

藤川宿(歌人藤原定家が3年間程滞在し「藤川百首」をまとめた所)



Posted by ヤスシー at 20:07 Comments( 2 ) TrackBack( 0 ) 街道

2006年10月02日

北国街道「板取宿」



Posted by ヤスシー at 20:27 Comments( 0 ) TrackBack( 0 ) 街道

2006年10月01日

北国街道「中河内」



Posted by ヤスシー at 09:35 Comments( 0 ) TrackBack( 0 ) 街道